負帰還について
50年以上前、出力トランスのついた真空管アンプが全盛だった頃、トランスの2次側から入力段へ負帰還を施して歪率を改善させたウイリアムソンアンプが発表され、一躍有名になりました。続いてウルトラリニアーアンプなど負帰還のかけ方を工夫したアンプも現れました。当時オーディオマニアは、負帰還量を増やし歪率を少なくすれば即音の改善につながると考え、如何にして負帰還量を増やすかに腐心していたようです。現在のアンプは、超低歪率計でも測るのがむずかしいくらいで、高調波歪0.1%以下など当たり前になっていますが、当時は、歪が0.1% 以下であることをうたったリークポイントワンというハイエンドのアンプが売り出されていたくらいです。
負帰還はアナログ電子回路の根幹をなす基礎的技術で、これを活用するとよいアンプができます。しかし、諸刃の剣といったところがあり、なんでもかんでも負帰還をかければよくなるというような単純なものではありません。その証拠に、負帰還を嫌い、無帰還であることを標榜したアンプ製作記事をしばしば見受けます。一体どちらが本当なのだと聞きたくなるでしょうが、正直なところどちらとも言えません。負帰還というのは教育に似て、教育すればどの子もある程度のレベルには達するが、生まれつきの才能がなければピカソやモーツアルトのような天才にはなれないのと同じです。それどころか、嫌がる子供に無理やり教え込もうとすると、とんでもないことをしでかすように、アンプも対策を講じないで負帰還を施すと発振してしまいます。あの当時、発振器を作るとなかなか発振しない、アンプを作るとすぐ発振してしまう、そんなら発振器を作りたいときはアンプを作り、アンプを作りたいときは発振器を作れという冗談があったくらいです。そもそも発振器は増幅回路に正帰還を施すことによって発振するのですから、負帰還アンプとは親戚関係にあります。負帰還をかけたつもりが、回路の中で位相のずれを生じ正帰還になってしまうと発振します。その元凶が現在では先回お話した漂遊容量なのです。真空管アンプの時代では出力トランスが最大のネックでした。
負帰還というのは、アンプの出力エネルギーの一部を本来の入力を打ち消すように入力側に戻すことを言います。そうすれば当然正味入力は小さくなり利得は下がりますが、その代償として、利得が安定し、周波数帯域が広がり、歪率が減り、入力インピーダンス、出力インピーダンスを変えることができます。厳密に言うとオーディオアンプの製作記事で無帰還と言っているのは正しくありません。無帰還アンプも部分的には負帰還がかかっているからで、普通、アンプの出力端子から入力端子へとオーバーオールの負帰還をかけていないアンプを無帰還と言っています。
負帰還をかけていないときのアンプの利得(出力電圧を入力電圧で割った値)をA、入力電圧をVi、出力電圧をVoとし、出力電圧Voのβ倍(βを帰還率といい、出力電圧を全部戻すと1、通常1より小さい値をとる)を入力側に戻すと、正味入力電圧はVi−βVo になります。そのA倍が出力電圧Voですから(Vi−βVo)A=Vo の関係があり、負帰還をかけたときの利得Av は、Av=Vo/Vi=A/(1+Aβ) となります。これが負帰還をかけたアンプの利得の計算式です。たとえば、実際的な例としてAを104、βを0.1とすると、Av=104/(1+104×0.1)≒1/β=10 つまり、アンプの利得はAが1より十分大きいときは、無帰還時の利得Aに関係なく、1/β になってしまいます。これが、負帰還をかけると利得が安定し、周波数帯域が広がる理由です。具体的には、出力電圧Voを9kΩと1kΩで分圧して0.1×Voを入力側に戻せばβ=0.1 となり、負帰還アンプの利得はAv=1/β=10倍=20db になります。出力電圧全部を戻すと、β=1で、Av=1=0db、 入力電圧と等しい電圧を出力するボルテージフォローワとなります。
負帰還のかけ方には出力側からの取り出し方に2通りあります。上の例に挙げた出力電圧に比例した電圧を取り出す電圧帰還方式と、出力電流に比例した電圧を取り出す電流帰還方式です。市販のアンプはほとんど電圧帰還方式で、スピーカーの周波数によってインピーダンスが変化しても供給電圧を一定に保ちます。これに対し、電流帰還方式は定電流駆動で、スピーカーのインピーダンスの変化に関係なく一定電流を供給します。電流帰還アンプはスピーカーの抵抗RL に帰還用抵抗Rs を直列に接続し、スピーカーを流れる電流 IL によって帰還用抵抗Rs に生じる電圧 Vs=IL RL を帰還しており、帰還率は β=RL/Rs です。したがって、負荷インピーダンスRL が変化すると帰還率βが変化し、アンプの利得も変わります。電流帰還は、市販のアンプではスピーカーのインピーダンスを指定できないので、帰還抵抗の値を決められず、よいことがわかっていても使えません。そのため、数少ないアマチュアが活用しているに過ぎません。電流帰還は、ボイスコイルに隣接して検出用コイルが巻かれているスピーカーを用いたMFBシステム(Motional
Feedback System)とよく似た振るまいをします。ボイスコイルと検出用コイルを重ねてしまえば電流帰還になるので、電流帰還はMFBの一種と考えることもできます。
スピーカーのインピーダンスは本来抵抗RLで表せるものではなく、周波数、入れる箱、鳴らす部屋によって変わるインピーダンスZLです。特にスピーカーの再生帯域の下限、音圧レベルが低下し始めるところに最低共振周波数 fo があり、インピーダンスZLにピークが現れて電流が流れにくくなります。スピーカーのコーン紙の動きはボイスコイルに加えられた電圧と相似ではなく、流れる電流と相似なので、定電流駆動をする電流帰還は入力信号電圧の忠実な再生には非常に効果があります。50Hz 付近になるとかなり口径の大きいスピーカーでも最低共振周波数foに近づいてインピーダンスZL が増大し音圧レベルが下がります。これを補うために、ほんの僅か(2〜4db 程度)利得を上げることが行なわれていますが、電流帰還アンプはこれを自動的に行います。しかし、電流帰還は帰還電圧の位相がずれやすく、一歩間違えば発振、そこまで行かなくても不安定になりかねないので、アマチュアでもよほど腕の立つ人でないと危険です。ミイラ取りがミイラになりかねません。
現在、UHC MOS FET DC パワーアンプに電流帰還をかけ、40cm
角の密閉箱に入れた38cmのウーハーを鳴らしてしていますが、ボリュームを上げると部屋のガラス戸がびりつくくらいの低音が出ます。部屋が狭くて大きなスピーカーボックスを置けない場合に有効で、普通のスピーカーでMFB システムのような締りと迫力のある低音が得られるでしょう。
負帰還の効用ばかり並べましたが、良いことばかりではありません。歪率計では見えない混変調歪の所為と思われますが、負帰還をかけすぎると発振しないまでも、硬くてやかましくて、それこそどうしょうもない音になってしまいます。負帰還をかけないときのアンプの特性が素直で高域までよく伸びているほど負帰還がよくかかり、特性の改善も顕著ですから、肝心なのはアンプのはだかの特性です。
(by 師匠 A.K.)
2007.10.22
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